向井山朋子さんは、オランダ、アムステルダム在住のピアニストで美術家。1991年国際ガウデアムス演奏家コンクールに日本人ピアニストとして初めて優勝し、1993年には優れた音楽家に与えられる村松賞を受賞されました。
最近では音楽のみならず美術、建築、ファッション、ダンス、写真など幅広い分野とのコラボレーションやプロデュースの分野でも活動し、従来の形式にとらわれない舞台芸術やインスタレーション作品を発表しています。常に斬新なチャンレンジを続ける向井山さんに、マセラティについてお話をお聞きしました。
様々なことに取り組まれていると思いますが、活動の主軸となるピアノを始められたきっかけは?
ピアノは、母に無理やり習わされたのが始まり。だから、子供の頃は大嫌いだった。もう毎日のようにいつやめられるのか、どうやってしたらやめられるのかと思いながら気づいたら二十歳ぐらいに。(笑)結局やめられずいたら、ある時すごく面白いことに気づいて、という不思議なピアノとの関係でした。
ピアノって、大きいの。グランドになると400キロもあり、鍵盤は88鍵ある。子供にとってみたら、とても端から端まで届かないような距離だし、楽器に慣れるまでに、他の楽器よりも更に時間がかかる。それがこうだんだん、何て言うんだろうな、「自分の体の一部になってくる」ことが少し意識できたのが二十歳過ぎてくらいからでした。
幼い頃からやってこられたのがクラシックだと思うんですが、そこから現代音楽に入って、さらに自分の作品を作り始めたのはどういった理由からなんですか?
結構明確なきっかけがあったんです。
世界中で誰もが知ってる名ピアニストって何人かいると思うんですけど、20世紀を代表するマウリツィオ・ポリーニというイタリア人の演奏家がいて、彼は私の中で神様みたいな人だった。
とにかく完璧なテクニックと、音楽を構築する力の構造力がある人。例えていうなら、音楽の作り方、もし1つでも音を間違うと本当に気が狂ってしまうんじゃないかっていうような完成度だったんですよ。
私は真逆、いつも音を間違えるし、即興の部分もある。なので、本当にすごく憧れたアーティストだったんです。
それがある時、その方がオランダで有名な音楽ホール、コンセルトヘボーに来てベートーベンを弾かれたんですね。そしてソナタを弾いた時に、ご自分があえて選択されて、2楽章をこれまで無かったような聞いたことのないぐらい遅いテンポで弾かれたんですよ。
そしたら、その神様が弾いたそのピアノに不謹慎にもブーイングした人達がいた。しかも翌日の新聞批評が酷評だったんですね。それに大きなショックを受けてどういうことなんだろうと私は思ったんです。「あんな神様でも絶対にベートーベンの下なんだ」と。
私達の職種は完全なピラミッドで、トップに作曲家がいて、「私達は支えるだけなんだ」、「解釈をする立場の者ものなんだ」、と感じて絶望した。
そして、このシステムから脱出する出るにはどうしたらいいんだろうって、本当に考えて。それから自分の作るものにタイトルを付けて、誰かの作品を使って私の作品を作るっていう風に変わってきたんです。現代に生きている人は私と同じ人間で、過去の作品を真摯に解釈して弾くことで、対等な関係で物を作っていくっていう立場に自分を置いたっていうことなんです。
マセラティも過去の作品を解釈しながら、現在のデザインに反映しています。最新のグレカーレも450sや3200GTSなど過去の名車のデザインを受け継ぐ。また、そこに込められるイタリアンラグジュアリーの神髄、匠のこだわりにも言及しました。
向井山さんから見てグレカーレはどういった印象を受けられましたか。
車ってピアノとちょっと似てますね。外観のつやだとか、そのフォームの美しさだとか、ブレーキとか、ペダルがありますよね。ピアノには3つあるんですよ。で、その3つっていうのは全部勿論、ギア、アクセル、ブレーキみたいにその機能が違うんです。
で、そのペダルの加減で、ピアノのボディーの鳴り方だとか、音が拡がっていくその空間の音響とかで凄く遊べるんです。
あと、車とピアノが似てるなと思ったのは、なかなかハンドリング。操作が難しいピアノっていうのがあるんです。これもたまたまイタリアのピアノなんですけど、ファツィオリっていうブランドがあって、モダンピアノでは一番大きなサイズなんですけど、何て言うんだろうな、機嫌を損ねるとって言ったらおかしいんだけど、難しいんですよ。
でもね、手綱がガッシリ取れるとブワッて、素晴らしい音がするんですね、でも友達になれるまでに時間が掛かかる。
ファツィオリはファミリーが作っているんですが、1980年代に北イタリアで作り出しから、もう瞬く間に世界中のホールが備えだして、凄く人気の楽器になったんです。
イタリア語でいうと「ドルチェ」って言うんですよね。甘い素晴らしい声がするんですね、その弾き様によっては。それで、あと、低音はね、本当に何かこうエンジンのようなものが入っているんじゃないかっていうゴーっていう音がします。
やっぱりその低音の低さの、なんて言うんだろうな、動物的な音っていうのは凄くセクシーなものにこう繋がるじゃないですか。
で、それがもしかするとマセラティのエンジンの音なんかに繋がる形で、本当にこれ2つの楽器ピアノと車の話をしてるんですけど、共通点が多いような気がします。
女性は活躍の場がもっともっとできてくると、もっと「チョイス」、(女性が)自分で選択できるっていう立場に行くと思うんですよ
面白い素晴らしいデザインのマセラティの車が、自分の意志で、自分の選択で、自分のお金で買えて、運転できたら素晴らしいじゃないですか。
グレカーレね、後ろに荷物がたくさん入るんですよ。
家族を持っていても、持ってなくてもいいんだけど、安心して自分のライフスタイルをそこに持ち込める車じゃないかなと思ったんです。
車体も低くないから快適に運転できて、買い物をたくさんしてしまっても荷物がたくさん入るし、デザイン全体の主張から感じたことは、多分これは女性が運転することを求めてるんじゃないかなと思ったんですね。
今も昔も、世界中が注目してるのは日本の匠なんだと思います。その手を使ったその工芸品の素晴らしさは本当に今日本が一番素晴らしい強いと感じます。日本を日本たらしめてるものだと思います。
でもね、私先日マセラティのショールームを拝見させてもらって、工場も見学しに行ったんですね。で、そこでやっぱりその働いている方達がやっぱり職人なんですよ。
例えば車体に色をつけるプロセスを拝見したのだけども、その匠の素晴らしさ、あとその職人たちのプライド、それとやはりそれでクオリティーをその保持していく為のコミュニケーションとかがやっぱりすごいなと思って、すごく感動した。
そういったものも含めて、その職人が作ったそのプライドのある素晴らしいフォームの車っていうのが日本人にどういう風にアピールするかっていうことを思った時に、多分その匠、その手の技、その研ぎ澄まされた技っていうのが、とても実際にハンドルを握る方達に伝わるんだろうなっていう風にひしひしと思いました。
一つ音楽家としてね、すごく面白いなと思ったのは、これから車も変わってきて、
電気の車が来ると、マセラティの特徴だった心がこう揺れるような素晴らしい低音がなくなるわけじゃないですか。でもね、マセラティにはサウンドデザイナーがいて、その音を作ってるんですね。なのでそのエンジンの音も作るし、
外にどういう風にして聴こえてるかっていう音もデザインされてるって言うことを聞いて面白いなと思いました。
私達がどういう風に音を聴くとドキドキするか、どこが由来のものかっていうことを車が本当に一番こう先端のテクニックとアイデアを持って(住んでいる)んだなって。展開しているんだなって。
コンポーザーっていうのは、昔は楽曲を作って、それを演奏家が演奏していたのだけど、 その作曲家という職種の人達が、車の音を作って、機能のパートを加え、車の一体を完全なものにするためのプロセスの一部になってるっていうのはすごく面白いと思います。
1991 年国際ガウデアムス演奏家コンクールに日本人ピアニストとして初めて優勝、村松賞受賞。女性性を核に、身体性、セクシャリティ、境界、記憶、儀式、自然、時空など異なるテーマを横断し、従来の形式にとらわれない舞台芸術やインスタレーション、映像作品を発表。ニューヨーク・リンカーンセンター、パリ・オペラ座などの劇場から、美術館、個人宅、公共空間、時には瀬戸内海の島の魚市場までありとあらゆる空間、オンラインがプラットフォーム。
今シーズンは Love Song 日本ツアーのほか、人形浄瑠璃と3Dアニメのパフォーマンス「SADO」ヨーロッパツアー、ワルシャワ・フィルハーモニーとの共演、音楽映像作品制作をスケジュール。